期待と希望とバイリンガル

娘が日本語を喋らなくなった。口をついて出てくる言葉は全て英語。アメリカで驚くような順応性を発揮している彼女に感心しながらも、やはり7年間喋ってきた母国語をいとも簡単に忘れていく姿を見ると、若干切なくなるのが正直なところ。

現在、彼女が通っている小学校は、2言語(英語と日本語)で教育を受けるイマージョンプログラムというポートランドでも特殊な学校。「バイリンガルに育てたいという」親のエゴで、通わせていると言われれば、その通り。

楽しく通ってくれているとはいえ、学校の友達との会話も、我が家での夫を交えた家族3人の共通言語もどちらも英語。現在、彼女の全て思考は全て、英語で成り立っているのだ。英語が彼女の第一言語になるのは、自然なこと、と自分に言い聞かせる。

しかし、私はしぶとく日本語で話しかけ、彼女は英語で答える毎日が過ぎていく。

以前、神戸に住んでいた時、知り合いの国際結婚カップルの子供の中で、英語で話しかけるカナダ人の父親に対し、日本語で答えるという子がいた。絶対に、自分の娘にそうはなって欲しくないと思っていた。絶対に、我が子とヘンテコな会話をするなんていう悲しいことは、起こらないと思っていた。

そして、皮肉なことに、それが我が身に現実に起こっている。

何度「日本語で喋りなさい」「日本語が喋れなくなったら、日本に帰れないよ」と注意しても、同じこと。口をついて出てくるのは英語。学校で学ぶ日本語には限りがある。たまに私の実家の親とFacetimeで話す時に、彼女が話す日本語が、どんどん片言になっていく。

もう疲れて、口うるさく注意するのをやめてみた。結局、今の学校に行かせたのも、バイリンガルに育って欲しいという親のエゴからなのだから。子供は思うようには育たない。もうしょうがないのだ。そして、諦めかけていたとき、変化は起こった。

それは、1年前に卒園した神戸の保育所の懐かしい卒園記念ビデオを見た後だった。(彼女は10分の動画を3回も繰り返し見た。)その後、彼女は「保育所のみんなにまた会いたい」「いつ日本に帰れるの?」と非常に短時間ではあるが、「ホームシック」になっていた。そして、「これから、ちゃんと日本語を喋ります」と彼女から宣言したのだった。

私は拍子抜けして「あら、そう」と一言。それ以降(現在4日目)、彼女は意識して日本語で喋っている。しかし、突発的に出てくるのは英語。そして、その後に「あ、英語で喋っちゃった」みたいなバツの悪そうな表情をしている。

この彼女の心がけが、どれくらい続くかは全くわからない。こんな時には、フロリダに住む義母からの言葉を思い出す。「子供には期待をかけるな。希望を持て。」なるほど。心が楽になります。


通学風景
bus



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