自己主張と謙虚さの両立

アメリカ人は自己主張が強く、思ったことをストレートに発言するというステレオタイプがあるが、実際はそうなのだろうか?

先日、中間テスト終了後、クラスメイトと大学近くのパブで打ち上げ。ビールを飲みながら「この問題の表現がわかりにくかった」、とか、「この問題は馬鹿げた質問だ」など、彼らは不満をぶちまける。そこに、我々の教授が現れるという、なんとも偶然の鉢合わせ。学部の教授陣も、そのパブでミーティングをするらしい。

クラスメイトは、先生への挨拶もそこそこに、「テストのあの問題はわかりにくかったから、全ての選択肢を正解にするべきだ」やら、「この答えはおかしい、こちらを正解のはずだ」だの、みんな揃って先生への抗議活動を繰り広げる。もちろん、笑顔で丁寧に、でもストレートに。みなさん抗議がお上手。そして先生も、上手にかわしたり、笑顔で反対意見を述べたり。

先生=権威の象徴。権威に楯突くことが良しとされない日本社会の中で生きて来た私からは、びっくりするような場面に出くわし、一人だけその場をハラハラしながら見守る臆病日本人の私。

しかし、この場面は、アメリカではよくある日常の一コマ。この国では、自分の意見を主張しない人間は、弱い人間だと見なされる。自分の権利を主張しない限り、誰も権利を与えてはくれない。弱い人間は、生活の隅々で、損をするのである。

先日、夫が自動車保険の更新で、保険会社にクレームの電話をした。実際の走行マイルよりもかなり多めのマイルを基準に、保険料が算定されていた。何度も事情を説明し、実際の走行距離を報告したら、なんと半年間で計200ドル以上減額に。

自己主張万歳。でも、丁寧に。謙虚に。

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