マラソン大会

昨日は娘の学校でマラソン大会があるというので、見に行って来た。何週間か前から、保護者ボランティアを募っていたが、応募のタイミングが遅れ、今回はただの応援のみ。

fun run
友達と手を繋いで走ったり、観戦中の親にハグしたり、喋りながら歩いたり。みんなマイペース。


学年ごとに芝生の運動場を走る子供たち。先生も一緒に走る。被り物の先生もいる。蛍光色のT-シャツ着て誰よりも目立っていたのは校長先生。ちなみにこちらのマラソン大会は順位を競うのではなく、一定時間に各々が何周走ったかを記録していくスタイル。(記録係のボランティアがいる)よって、誰が一番早かったか、というのは全くわからない。走った後は、みんなにカラフルな色のアイスキャンディーが配布されて、糖分補給して、はいお開き。私の子供の頃は、マラソン大会のあとは甘酒だったな、ふと思い出した。

さて、このマラソン大会、ただのマラソン大会ではなく、ファンドレイズ(寄付金集め)も兼ねている。数週間前に娘は寄付金集めの用紙を学校から持って帰ってきた。「マラソン用の寄付金ってどういうこと?」と最初は解せなかったのだが、こういうルールになっているようだ。

・保護者は事前に寄付金額を設定。例えば、子供の走った周数に応じて寄付金が上がっていくタイプやら、周数に関わらず全体の金額を決めるタイプなど。
<周数に応じて決めるタイプの例>
子供が運動場を20周走り、かつ事前に設定した寄付金額、1周あたり10ドルの場合。
合計寄付金額:20周 x 10ドル = 200ドル
・寄付者は、保護者だけでなく、祖父母、親戚、近所の方々、友達、誰でも可能。
・寄付金を一番多く集めた児童が学年のナンバーワンになり表彰される。
(結局、子供の運動能力ではなくお金が一番大事なのだ)

走り出した当初は「頑張れー」と娘を目で追いながら応援していたが、周数が上がるにつれ、寄付金が上がっていくタイプに申し込んだのを思い出し、最後の方は、「もうそんなに頑張らんでも・・・」という親としてあるまじき気持ちになったのも事実である。

ちなみに、ここアメリカでは、学校の予算が不足しているため、こういった寄付金集めイベントが数多く存在する。以前娘が通っていた小学校では、年間2000万円が目標寄付金額で、年度末には、その目標を軽く達成していた。特にポートランドでは音楽、体育、図工などの副教科が必修ではないので、学校により副教科あったりなかったり。日本のようにカリキュラムが一定ではないのである。なぜなら、副教科の先生のお給料はなんと寄付金で賄われるからである。なので、保護者はできるだけバラエティ豊かな教育を自分の子供に提供するため、痛みをこらえながら寄付をするのである。

日本の学校に当たり前のよう時間割に組み込まれている副教科が、アメリカではデフォルトではないことに、当初大きなショックを受けた。この寄付金の差は、当然ながらコミュニティの経済格差を象徴し、ひいてはその地域の子供の学力レベルに比例する。そして、学力レベルが上がれば、当然ながら、その学区の家の値段が跳ね上がるという教育レベルと不動産価値が密接に絡んだループを作り出している。

たかがマラソン大会、されどマラソン大会。文化の違いをここでも感じた。ちなみに娘の寄付金用紙には、我々保護者の名前だけ。学年トップになるのは、娘も我々も最初から諦めている。

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