ポートランド暮らしの手帖。

日々の学びと、ふとした暮らしの気づきを綴ります。

焦る気持ち

「死ぬ気で頑張ってください。」
私が9月から通う大学の看護学部。15ヶ月で3年分の内容を学ぶという超スピードコースなのだが、その卒業生から最近言われた言葉。座学に、実習に、テストに、宿題に、超ハードな15ヶ月になること間違いなし。来年の年末まで、精神と肉体を維持できるのだろうか?という不安がよぎり、焦りが募る。


「入学前に少しでも教科書を読み始めた方がいい」と、看護学部を中退した職場の同僚が教えてくれたので、1000ページほどある病態生理学の教科書をアマゾンで購入した。読み始めたら、眠気が襲ってなかなかはかどらない。

「体を鍛えた方がいい」と、ナースの友達からのアドバイスに沿ってピラティスをしたら、やはり慢性の腰痛がぶり返して一時中断。

はあ、追い込まれないと、やる気の出ない自分が情けない。

既に、他の大学で看護学生をしてる友人ジェシーからのアドバイス。
「入学前はできるだけ、家族や友達との時間を楽しんだ方がいい。」なるほど。これはできる。家族との時間を楽しめる余裕は、来年の年末まで恐らく持てないのだろう。ジェシーのアドバイスに素直に従って、この夏は、できるだけ家族と過ごすとしようか。



Lake Oswego

週末に出かけたオスウェゴ湖。


夏の始まりとホームレス

仕事で早朝シフトのある日は、朝6時前には家を出る。夏至を迎え、毎日の日照時間が長くなり、朝は爽やかな風と太陽の光を受け、自転車をこいでいく。

今朝、出かけようと裏口のドアを開けると、我が家のゴミ用バケツを漁っている男性と目が合う。「全米で最も住みやすい街」ともてはやされたここポートランドも、ホームレス人口がここ数年急増し、ポートランド市政府はホームレスに対して「非常事態宣言」を出したほど。

この閑静な住宅街の近くにも、テントを張って路上生活している人をちらほら見かける。ゴミの回収日(1週間に1回)の前日には、ホームレスたちが頻出し、ゴミ(特に缶や瓶など換金できるもの)を一軒一軒回収(?)しにやってくる。

私と目があったホームレスは、よく見ると若者で明らか攻撃性のある人ではないと思ったので、「私有地に勝手に入らないでください」と遠慮がちに小さな声で伝えたら、弱々しく「ごめんね」と言った。漁ったゴミをできるだけたくさんしかも急いで自分のポリ袋に入れようと、焦っている。私は仕事の時間が迫っていた為、彼をそのままにして自転車で出かけた。

午後、仕事から帰宅して、夫に早朝の出来事の話をする。夫が朝出かける時、裏口にゴミが散乱していたので、片付けるのに手間取ったと不満気味に言っていた。あのホームレスは、あの後まだゴミを漁り、ゴミを散乱させたまま、帰っていったのだろう。

ホームレス問題は格差社会や自己責任論など社会のシステムに帰すると個人的には思っている。以前、ホームレス用のシェルターでボランティア活動をしていたが、まさに彼らが社会復帰できるように社会全体がサポートしていく必要性をここアメリカで痛いほど感じる。

しかし、自分のテリトリーを侵されたり、被害を被った時に、彼らに対するモヤモヤとした感情が生まれてくることもあるのだ。私の対応は果たして良かったのか。もっと強く「出て行け」と言うべきだったのか。それとも、「北風と太陽」の、太陽のように、家にある食べ物かお金を渡して退散してもらった方が良かったのか。

ホームレスを生み出す社会構造とその社会構造を作り出している市民。そして彼らに対するあるべき支援について、政府の解決策はまだ見つかっていない。私の中の解決策も、全く見つかっていない。

ホスピス

「僕は、いつ死ぬのかな?」ニコッとしたいたずら顔で不意に聞かれた。まるで、「夕ご飯はいつできる?」くらいの軽い口調と、その問いの重さとのギャップが激しくて、一瞬言葉を失った。

現在の仕事場は、高齢者専門の高度看護専門施設。リハビリ、認知症ケア、緩和ケア、ホスピスなどの短期、長期の患者の看護、介護をするのが私の仕事。今日、担当のホスピス患者に余命を聞かれて、戸惑ったのだ。

「明日のことは誰にもわからない。私の命だって明日どうなるかわからないのだもの」
当たり障りのないチープな返答をして、彼の部屋を後にする。果たして、正解の答えはあったのだろうか、と自問自答する毎日。

日曜の午後

ポートランドは春真っ盛り。今日の最高気温は、25度近くになるということで、近所の公園で午後からピクニック。東京ドーム2個分はある広大なローレスハースト公園は我が家のお気に入りピクニックスポット。鴨の生息する青い池と輝く芝生と、高い高い木々が我々を出迎える。

昨日焼いたアップルパイと自家製ホットチョコレートが入ったバスケットを広げて、3時のおやつタイム。
木々の緑と空の青が眩しすぎて、人生ってああ素晴らしいと思う瞬間。

芝生に寝そべるのがピクニックの掟。


我が家はフリスビーで汗を流す。

改元

先日NPR(公共放送ラジオ)を聴いてたら、日本の天皇退位の話が流れてきた。ここアメリカでもちょこっとしたニュースにはなっているみたいだ。私の周りのアメリカ人の友達は、日本の改元なんて全く知らないようだけど。

アメリカ在住の私は、今では元号に全く関係のない暮らしをしているし、日本に住んでいた時でさえも、お上が決めた元号に親しみも特に感じていなければ、日本は西暦と元号ごっちゃまぜで、かねてから相当面倒臭いと思っていた。なので今回の日本の改元に伴うお祭り騒ぎを、冷ややかにみている一人なのである。

しかし、改元を祝うのもいいが、なぜ女系天皇の話が出ない?皇室典範の男性継承は女性差別ではないのか?という当たり前の問いがなぜ国民の側から出てこない?

日本人の無意識下に存在する「女性差別」。日本を離れてみると、その異常さがはっきりと際立って見える。そしてそれに落胆と怒りと諦めを感じる私がいるのも正直なところ。なぜなら、日本の伝統と文化を象徴する皇室典範が、「女性差別」を公に世界に向けて認めているのだから。

日本は女性が本当に生きづらい国だ。令和時代、日本はどうなるのだろう。