ポートランド暮らしの手帖。

日々のごはんと、ふとした暮らしの気づきを綴ります。

言葉の壁

ポートランドもすっかり秋。毎日、家ではカーデガンに厚手のソックスが必須。看護助手の実習が始まってはや1週間。毎朝5時過ぎに起床して、家族を起こさぬようそーっとそーっと家を出る。

渡米して1年半。言葉の壁は、やはり大きく立ちはだかる。少しでもぼーっとしていたら、会話についていけずに置いてけぼり。世間話なら、”OK” “I see” ”Really?"で分かったふりしながら、やり過ごすこともできるが、実習中に言われた指示となると、曖昧にはやり過ごせない。何回も聞き直し、確認する。正直、疲れる。

アメリカ人のクラスメートから、私は寡黙な人だと思われている。話好きな彼らは休憩中、ひっきりなしに自分、自分の家族、友達のことなどを喋り倒す。今日は、実習の先生を交えて、7人みんなで、チェーンレストランのサービスの質の話をしていた。私はちょこちょこっと、短い質問をするだけで、あとはじっと聞くだけ。

日本語だったら、「こんなエピソードを面白おかしく紹介できるのに」「英語だと、ユーモアのセンスも違うし、この表現をどう言おう」などと考えているうちに、会話のトピックは次へと移る。結果として、大勢での会話中、私は貝のように口をつぐむ。日本語を喋る時の自分と、英語を喋る時の自分とで、私の性格投影がガラリと変わるのが、面白いような、悲しいような。日本では「無口」なんて言われたことない私も、言葉がうまく操れないと、性格まで変わった気分がする。しかし、これが現実と、しっかりと受け止めることにする。

言葉は、大事だ。自分とはどう言う人間かを、伝えるための手段だから。しかし医療の現場では、「Be a good listener(聞き上手であれ)」が鉄則。自分のことを喋るのではなく、患者からどれだけ情報を引き出せるかが、何よりも優先される。そう思うと、私が直面している「言葉の壁」は、将来、医療現場で働くにあたり、結構役に立つのかもしれない。(と思うことにしよう。)

老いること

6月から始まった大学の夏学期もやっと終了。みんなが「夏だー!」って叫びながら遊び呆けている間に、私は勉強の毎日。亀のように、ノロノロ歩みを進めている。やっと学期が終わったと思ったら、週末を挟んですぐに4週間のアシスタントナース(介護士)になるためのトレーニングが始まった。

研修では血圧の測り方から、患者さんの体の拭き方まで、いろんなスキルを学んでいく。赤ちゃんと違って、大きな大人を介護するって、想像以上に大変だ。体力もいるし、コミュニケーションスキルも試される。

講習では高齢者LGBTへの差別、高齢者のセックスライフ、それに伴う性病問題、そして尊厳死についてなど、様々な角度から介護について学ぶ。介護の世界には思いもよらないイシューが山のようにあるのだ。

歳をとり自分の世話ができなくなることへの虚無感、自尊心喪失など、介護はデリケートで精神的なケアが必要なのである。オムツではなく、「失禁用下着」、よだれかけではなく「衣類プロテクター」。高齢者の尊厳を傷つけないようなネーミング。

来週からは、老人ホームでの研修。毎日が驚きと発見の連続。

教育とサイエンス

「日本のある中学校で、教員のサングラス禁止。理由は子供が怖がるから。」朝一で読んだニュースがこれ。

ある公立中学校の保健体育教員が、屋外でサングラスをかけて授業や運動会の指導をしていたところ、生徒がその教員の風貌を「ヤクザみたい」などと怖がったらしい。保護者が、学校に苦情を申し出たところ、結果的にその学校では教員のサングラスが禁止となった。

サングラスをかけるのは、有害な紫外線から子どもの目(大人も)を守るための処置であり、もはや世界の常識になっている。もちろんここアメリカでも同じ。大人でも子供でも日差しの強い屋外では、サングラス着用が当たり前。オーストラリアでは、子供にサングラス着用を義務付けている公立学校もあるほど。先学期に私自身、解剖生理学の授業で学んだ眼球組織。眼は非常に繊細な細胞構造で、唯一、外部と接触する脳細胞でもある。それを保護するサングラスをかけるのは、保健体育教員として、当たり前のことだと思うのだが。

非医学的、非科学的、非常識な日本の教育者らが定めるルール。もう笑うしかない。科学技術立国に名乗りを挙げいている国であるのなら、もう少し教育や生徒指導にサイエンスを取り入れてみてもいいのでは?

ちなみに、教員がサングラスをかけているという理由で生徒が怖がるのなら、学校側は「他人を外見だけで判断するのはやめよう」と、教育者として、なぜ生徒にはっきりと言えなかったのか。マジョリティとは違う他者を排除することで「子供を守る」ことが成り立つのであるのなら、本来の教育の目的とは何なのか。たくさんの疑問が残る朝一のニューであった。

誕生日

娘の誕生日。私が母親になった日から、もう8年も経ったということ。はやい。はやすぎる。

時の流れのスピードに圧倒される一方で、しみじみと過去の思い出を回想してみる。娘の成長と共に、私自身の成長も目まぐるしかった。そして、その成長は現在も続行中。

応援してくれている皆さん、どうもありがとうございます。親子共々、進化し続けて生きます。

blueberry cake bd









ベリー収穫

ポートランド市街地から車で30分のところにある、Sauvie Island(ソービーアイランド)。ここはトスカーナ?と思わせるほど、美しく雄大な山と畑が360度広がる。

家族でブルーベリーとイチゴの収穫にやって来た。オレゴンはベリーの聖地。日本で、ベリーといえば、ブルーベリーやストロベリーくらいしか思いつかないが、ここでは私が知るだけでも10種類以上のベリー(ラズベリー、ブラックベリー、グースベリー、マリオンベリー、シュガーベリーなど)が存在する。

こちらのベリーピッキングは、日本でよくある、「いちご狩り、食べ放題30分◯◯円(持ち帰りは別料金)」のような、けち臭い価格設定ではない。時間設定なし、食べ放題(とは書かれていないが、みんな好きに食べている)、そして約1キロ当たり5ドルほどの安価で、ジューシーなベリーが収穫できる。

たらふくイチゴとブルーベリーを食べた後に、さあ始動。3人とも、真剣に見極めながら、キラキラ光るベリーを一つずつ丁寧に自分のバケツへ入れていく。清々しい空気の中、ブルーベリーとストロベリーをバケツ3個いっぱいに収穫してお値段15ドル。Thank You BERRY much!

berry picking