ポートランド暮らしの手帖。

日々の学びと、ふとした暮らしの気づきを綴ります。

日曜の午後

ポートランドは春真っ盛り。今日の最高気温は、25度近くになるということで、近所の公園で午後からピクニック。東京ドーム2個分はある広大なローレスハースト公園は我が家のお気に入りピクニックスポット。鴨の生息する青い池と輝く芝生と、高い高い木々が我々を出迎える。

昨日焼いたアップルパイと自家製ホットチョコレートが入ったバスケットを広げて、3時のおやつタイム。
木々の緑と空の青が眩しすぎて、人生ってああ素晴らしいと思う瞬間。

芝生に寝そべるのがピクニックの掟。


我が家はフリスビーで汗を流す。

改元

先日NPR(公共放送ラジオ)を聴いてたら、日本の天皇退位の話が流れてきた。ここアメリカでもちょこっとしたニュースにはなっているみたいだ。私の周りのアメリカ人の友達は、日本の改元なんて全く知らないようだけど。

アメリカ在住の私は、今では元号に全く関係のない暮らしをしているし、日本に住んでいた時でさえも、お上が決めた元号に親しみも特に感じていなければ、日本は西暦と元号ごっちゃまぜで、かねてから相当面倒臭いと思っていた。なので今回の日本の改元に伴うお祭り騒ぎを、冷ややかにみている一人なのである。

しかし、改元を祝うのもいいが、なぜ女系天皇の話が出ない?皇室典範の男性継承は女性差別ではないのか?という当たり前の問いがなぜ国民の側から出てこない?

日本人の無意識下に存在する「女性差別」。日本を離れてみると、その異常さがはっきりと際立って見える。そしてそれに落胆と怒りと諦めを感じる私がいるのも正直なところ。なぜなら、日本の伝統と文化を象徴する皇室典範が、「女性差別」を公に世界に向けて認めているのだから。

日本は女性が本当に生きづらい国だ。令和時代、日本はどうなるのだろう。

弱さの自覚から始まる強さ

「〇〇なのに、私にできるわけない。」
渡米したての2年前の私は、こうだった。看護師になりたいという夢があるのに、なかなか踏み出せない自分。失敗するのが怖くて、「〇〇なのに」リストを増やしては、そんな自分を正当化していた。

40近いのに。
小さい子供がいるのに。
医療経験なんて全くないのに。
英語が第一言語ではないのに。
大学でサイエンスを学んだことなんてないのに。

でも、その「〇〇なのに」を「〇〇だからこそ」に置き換えてみた。

40近いからこそ、豊かな人生経験とそこで培った知恵がある。
小さい子供がいるからこそ、忍耐力と包容力がある。
医療経験がないからこそ、以前のキャリアに頼らず、新鮮な気持ちで仕事ができる。
英語が第一言語ではないからこそ、移民やマイノリティの置かれている立場や苦労が理解できる。
大学でサイエンスを学んだことがないからこそ、今、学べることへの喜びと感謝の気持ちがある。

すると、不思議なことに「〇〇だからこそ、私にはできるんだ。」という自信へと、気持ちが徐々に変わっていく。
この2年間で学んだことは、まさにこれだった。弱さの自覚による強さの構築。ディスアドバンテージをアドバンテージへ。ポジティブに自己を認知することによって、人生観がガラリと変わる。自分の夢に向かってよろよろと歩き出した2年前。今までの人生の中で、最大の転換期であった。

治安と幸福度

先日、健康診断の一環で、胸のレントゲンを撮りに近所のクリニックを訪れたときのこと。

レントゲン技師のマークが、私の名前(Chie)の発音がわからず、どう発音するのか聞いてきたので、「"ちえ"は日本人の名前なのよ。」と教えたところから、日本にまつわる話が始まった。

マーク「日本は、治安がいい国なんだよねー、自転車なんて鍵をかけなくてもいいって聞いたことがあるよ。」
私「鍵をかけてなくて家の前に置いていても、そういえばあまり盗まれないね。」
マーク「えー、やっぱり本当なのか!日本はすごいなー。」

ちなみに現在の我が家は比較的、治安のいい居住区にあるのだが、以前フレームが少し曲がったマウンテンバイクを修理に出そうと思って、気軽に玄関前に置いていたら、夜の間にサドルとタイヤとライトが盗まれて、翌朝、抜け殻状態になっていたことがある。

「うちの夫は、日本に住んでいた時に、4回ほど財布を無くしたけど、全て返ってきたよ」とマークに言ったら「Unbelievable!! (ありえない!!)」と目を丸くしていた。

確かに、日本では、女性が夜間に1人で出歩いても犯罪に遭遇する確率はアメリカよりも格段に低く、銃乱射事件も勃発しない。日本の街中で当たりまえに目にする自動販売機の数が治安の安定を物語っている。アメリカなんて、自販機は壊されるから、道端には絶対に置いてないし。アメリカに移住して、日本の治安の良さを改めて感じるのである。

日本がいかに治安が良いかを伝えるために、「夫が日本で過去に4回も財布をなくして、毎回、警察からそっくりそのまま戻ってきたことがある」というエピソードを、アメリカの友達にすることがある。
しかし、たまに、「財布を4回もなくすって、かなりのおっちょこちょいだね」と、彼の軽率さに話が逸れてしまうことがあり、夫を引き合いに出したことに対して、少し申し訳ない気持ちになると同時に、確かに彼はかなりおっちょこちょいだな、と思わされる時もあるのである。

失敗の先にあるもの

悩みがあるといつも私は、人生の師匠でもある母親に相談する。すると彼女は決まって、笑顔でこう言う。「失敗したっていいじゃない。」「失敗から学ぶことだって沢山あるのよ。」「いつも軌道修正できるんだから。」と。

いつも、いつ聞いても、ハッとさせられる言葉。失敗しないように生きようと思うからこそ、悩みが増える。自分自身で自分の好奇心や欲求に歯止めをかけて、もがいているのだ。自分のやりたいことをやればいい。失敗したって、死にはしない。気持ちが沈む時は、いつも母の言葉を思い浮かべながら、前を向き、歩いてきた。

先日、第一志望の大学の合格発表があった。結果はなんと合格。秋からは看護学生になり、15ヶ月のコースを修了すると、晴れて43歳で新卒のナースになる。「失敗を恐れずに。」こんなありふれたメッセージが心にビンビンと響く、そんなアラフォーなのである。

It is impossible to live without failing at something,
unless you live so cautiously that you might as well not have lived at all
-- in which case, you fail by default.

– J.K. Rowling, writer

失敗せずに生きるのは人生、生きたうちに入らない。
失敗しないように気をつけながら生きることも、生きたうちに入らない。
どちらにしても、そんな人生など、初めから失敗なのだ。

- J.K.ローリング, 作家