ポートランド暮らしの手帖。

日々のごはんと、ふとした暮らしの気づきを綴ります。

サマーケーキ

ベリーの季節到来!カスタードとホイップクリームたっぷりのサマーケーキ。
summer cake

卵にまつわる話

クラスメートのジェシーとそのガールフレンドのエリンのホームパーティに呼ばれたので、家族でお邪魔することに。20人ほどが集まり、裏庭でのんびりBBQ。

日本の戸建てが5件くらい建ちそうな広々とした庭には、イチジク、ラズベリー、カランツ、ケールにパセリにレモンバームにディルに、と私の大好きな野菜、ハーブ、果物が所狭しと植えられている。そして、庭の奥には鶏が放し飼い。彼曰く、鶏はとても飼いやすいペットなのだそう。毎日新鮮な卵を産んでくれるし、犬と違って長期間留守にしていても、問題ない。

chicken



パーティーの帰りに、ジェシーは1羽の雌鶏が温めていた産まれたての卵を、娘にプレゼントしてくれた。まだほっかほか。そうっとそうっと手の中で温めながら家に持ち帰る。

スーパーで購入する卵は、卵が産まれた後、泥やゴミを落とすために水で洗浄するのだそう。その時に殻のちっちゃな空気穴から入ってしまう水や雑菌で、卵が腐りやすくなる為、冷蔵庫保存が必要なのだ。したがって、通常、卵を洗わなければ、1ヶ月ほど常温保存できるらしい。

翌朝、長期間保存することもなく、娘が自分自身で目玉焼きに。気分的なものもあるのだろうが、それはそれは美味しい目玉焼きだった。

目玉焼き



クッキーブレイク

アメリカ人が激愛するピーナッツバター。我が家のシェルフにはピーナッツバターの他に、アーモンドバター、ごまバターなどいろんな種子やナッツのペーストがずらり。毎日パンに塗ったりバナナに塗ったりして植物性たんぱく質を摂取。

先日、解剖生理学の教授が、「ここのピーナッツバターのプロテインバー(栄養補助スナック)が美味しいのよ」とあるオーガニックメーカーの商品を教えてくれた。彼女は、それを毎日朝食にしているらしい。

必要な栄養素が摂取できるプロテインバー。アメリカ人は、ご飯替わりによく食べる。でも私にとって、袋を破って食べるだけの食事なんて、食事ではないと思ってしまう。ただ、栄養素を体に取り込んでいるだけの、面白みのない行為にしか過ぎないのだ。だから私は、何が何でも自分で作る。朝から圧力鍋でご飯を炊くし、毎日のように卵焼きを焼く。ブレンダーをガンガンかけながらグリーンスムージを作り、生姜もすりおろして、混ぜて飲む。朝食後の洗い物は盛りだくさんだけど、食べるまでの工程を端折ることは、できるだけしたくないし、もう体質的にできないのだろう、と客観的に思うのだ。

学期末試験も近づいてきて、なかなか忙しくなってきた。そんな中で、料理やお菓子づくりが私のブレイクタイム。プロテインバーもどきの、ピーナッツバターとチョコチック入りのザクザククッキー。

peanuts butter cookies

生きること 死ぬこと

近所の友人テリーからルバーブをもらった。早速ジャムを作ろう。

庭でルバーブを育てている彼女は、数年前に末期癌で余命半年と宣告された人物である。彼女は、子供や小さい孫の為にもまだまだ死ねないと、リスクの大きい薬物療法を何度も行い、癌と戦い続けた。そして1年の闘病を経て、なんと驚くことに彼女の身体から癌細胞がごっそり消えてなくなっていたらしい。あまりの奇跡的な回復っぷりに医者もびっくりしていたようだ。

現在は、孫の世話をしながら、庭いじりに精を出す毎日。そんな彼女がよくいう言葉「神様が私を救ってくれた。」
そう、敬虔なクリスチャンの彼女は、闘病中、神様に祈り続けた。神にすがり続けて、そしてそのおかげで、助かったというのである。そう、神の力は絶大である。

私がもし、余命半年と宣告されたら、何にすがりながら生きていくのだろう。何に祈るのだろう。ふと考えた。この国で「あなたの宗教は?」と聞かれれば、とりあえず仏教徒と答える私(実家は浄土宗だし、仏教に一番馴染みがあるので、形式的には仏教徒ということにしている。)だが、ブッダに祈りを捧げるなんて、全く想像がつかない。ではもっと大きな神の存在?宇宙?どちらにしても、祈りの対象が明確ではない私には、答えのない問いだった。

「明日があると思うな。今日で人生終わりかもしれないのだ。」そう思い始めたのは、数年前の神戸時代、大きなクマンバチに頭を刺されて、「こりゃ、私、死ぬな」と思った時からか。頭に激痛が走り、唇が麻痺し、死を覚悟した時、まだやり残したことが山ほどあるという、死ぬ間際に良くある典型的な後悔の念と、やりたいことを後回しにしている自分に対するマグマのような怒りの念が押し寄せてきて、途方に暮れた。結局、私は蜂に刺されても死ななかったのだが、その怒りと後悔の念に押しつぶされるような感覚は、今でもはっきりと覚えている。

その後、様々な失敗もあり、つまづきや落胆もあったがなんとか海外移住を敢行。そして、今、これだけは声を大きくして言える。「やりたいことは、やりたい時にやれ。」そう、人生は短いのだ。明日死ぬかもしれないのだ。私が、いつか実際に人生の終末期を迎えたら、あの怒りと後悔の念を少しでも最小限にしていたい。

当たり前のようで実は当たり前でないこと。鼓動を感じること。息ができること。歩けること。自転車に乗れること。食べられること。喋れること。愛する家族や友人たちが側にも遠くにも居てくれること。毎日、今日の日を"イキル"ことが、実は奇跡なのだと思いながら、私は残りの人生を歩んでいく。あのクマンバチに感謝しながら。

自転車天国

先日、大学の授業終了後に、自転車に乗って、帰ろうとしたその時。自転車のハンドルに何やら小さな紙が貼り付けられている。日本でよくある駐輪禁止の紙?と怪訝になりながら、よく見ると「自転車修理デー!ブレーキなど壊れていませんか?学生会館の裏の自転車コーナーで待ってます。」というような内容が書かれている。

そう、以前にも紹介したのだが、私の通っている大学は、学生やスタッフに自転車通学を強く勧めており、構内に自転車修理コーナーがあったり、自転車そのものや、付属品のロックやヘルメット、ひいては自転車グッズ用のロッカーまで提供しているのである。もちろん全て無料。

早速、学生会館の裏の修理コーナーに向かい、首から下全部タトゥーだらけの自転車修理のお兄さん(マーティン)に、緩んでいたブレーキを治してもらう。「フル点検もしてあげられるから、今度は授業が始まる前に自転車を預けにおいで」と優しいアドバイスまでして頂く。マーティン、ありがとう。

神戸時代、往復約10キロの自転車通勤を毎日こなしていた私。しかし、御影〜六甲アイランド間の道中はは、今から思うと、全く面白みのない、かなり狭い側道を走る危険な自転車ルートだった。さらに、アイランド大橋付近にある、化学工場やゴミ処理工場から出る淀んだ空気の中、口だけで息をしながら、六アイまで自転車をかっ飛ばしていた。そう、自転車に乗ることが楽しいと思う環境ではなかったのである。

時は流れて、ここバイクシティのポートランドでは、自転車通学が私の癒しの時間。朝の太陽がまぶしい中、澄んだ空気の中、自転車を走らせる。木々に覆われたバイクルートは、まさに緑のトンネル。築100年以上の可愛らしい家が立ち並び、そしてその側道に咲く色とりどりの花。ああ、人生って素晴らしい。

広々とした、きちんと整備された自転車ルートを、バイカーたちは、手信号を駆使し、きちんと交通ルールを守りながら、びゅんびゅんスピードを出して自転車をこいでいく。私は、のんびり、ゆっくり、楽しみながら進んでいく。

先日、夫が新しいヘルメットを買ってくれた。お値段約100ドル(1万円ほど)。アマゾンで高レビュー商品というだけあって、事故にあっても、頭だけはしっかり守ってくれるというハイクオリティのヘルメットらしい。「そんな高価なヘルメット、私には必要ないわ」と夫に言ったら、「君の脳は100ドル以下なのか?」と真面目に聞かれた。「そうね、そう言われれば、まあ100ドル以上はするわね。」と苦笑いで答えておいた。

工事現場用?ヘルメット。ここポートランドでは自転車グッズは蛍光色が人気。
車にひかれないように、できるだけ目立つ色をバイカーたちは身につける。
bike helmet